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たてヨコラム

たてヨコメンバーによるフリーテーマのコラム

地方で若手スタートアップが育つ為に必要なものとは


 新しいビジネスを始めるにしても東京への一極集中化が目立つ。就職するにも東京、住むのも東京。果たして本当に東京にしかチャンスがないのだろうか?

 サンフランシスコの南に、車で1時間のところにIT企業の一大拠点となっている場所がある。元々メンローパークにあるスタンフォード大学出の技術者がヒューレット・パッカードなどのエレクトロニクス、コンピュータ企業を設立し、この大学の敷地を新技術の会社を誘致したのが始まりともいわれている。今では、年収1000万円でも家賃を払うのが難しいくらい厳しい世界となっている。

 しかし、最初からそうだったわけではない。第二次世界大戦前には現在の繁栄からは想像することが困難なくらい、目ぼしい産業は現在のシリコンバレーの地域には存在しなかった。

 おれは、2016年から2021年の間、東欧にある小国「エストニア」に住んでいた。Skypeを生んだエストニアは、今では世界的にも「電子国家」「スタートアップ国家」として有名になり、ユニコーン企業すでに6社も排出している。しかし、人口130万人しかいないこの国からなぜ世界的なスタートアップが誕生し続けているのだろうか。

エストニアは本当に「電子国家」なのか–現地に移住した日本の若者がみた実情

 エストニアはロケーションからも想像できる通り、冬になるとマイナス20度くらいにまで気温が下がる。過酷な気候の下で農作物や産業が育つわけもなく、つい最近まで、デンマーク、ドイツ、ロシア、スウェーデンなどの国からの侵略や植民地化が繰り返され、1991年に完全独立をした若い国なのである。

 資源がないからこそ、ITに舵を振り切った。

 これはエストニアを語る上で欠かせない歴史である。大企業も、作物も存在しないエストニアは電子化やスタートアップに力を注ぐことで今の時代を築き上げた。物価も安く創業や開発にかかるコストが抑えられるのは、スタートアップにとって好都合である。また、Skypeを築き、国では英雄とされる創業メンバーは、Skype Mafiaという組織として、お金や人材、技術などで若い企業への支援を続け、そのエコシステムは次の世代にも受け継がれてきている。小さい頃から英語やIT教育を施し、起業までのステップを軽量化することで、今では5人に1人が起業経験があるとされている。(ペーパーカンパニーも含まれるため、実際はもっと少ない)

特集 : 電子国家「エストニア」の正体–現地の日本人が解説

エストニアから日本の地方はなにを学べるか

 人口130万人、気候や長い占領の歴史ゆえ、目立った産業もない中、テクノロジーという打開策で世界を見事に魅了したエストニアは特別なのだろうか?

 おれはそうは思わない。

 エストニアにはエストニアの問題もあり、経済はそれほどうまくいっていない。一人当たりのGDPは日本の約6割で、特にIT関係の仕事以外は収入も低い。また、優秀な人はより収入の高い国外に流出してしまうという点においては、東京への人材流出が大きい日本の地方と似たような状況かもしれない。むしろエストニアよりも資源の多い日本の地方の方が選択肢は多いと感じる。あくまでテクノロジーというのは社会をよりよくするツールであるため、その他産業の抱える問題が明確である日本の方が、0から構築する必要のあったエストニアよりも、なにに取り組めばいいのかが明確化されているのではないだろうか。

 例えば香川県は人口約95万人で、エストニアより少し少ないくらいだ。国立大学もあり、気候も優れている。空港までも近く、東京までは飛行機で1時間ちょっとくらいで着いてしまう。ちょうどいい規模感かつエストニアよりもむしろ環境が優れていると感じる。

 まず一つ大切なのは、教育である。
 日本にいると大企業で働くことがかっこいいというような風潮があるが、海外は違う。優秀なやつは起業するし、エストニアにはそもそも大企業が存在しないから、スタートアップをするという手段しかなかった。地方の学生は卒業後、地方に残るか地元に就職するかで悩む人が多いが、そこに自分で事業をやるという選択肢があっていいと思う。

 エストニアの大学に在学中は、おれは専攻が物理学科だったが、ビジネスの授業が必修で組み込まれていた。クラスで2人から4人でチームを組み、アイデア、BS、webサイト公開、MVPの作成、など実際に行い半年後には、起業家や投資家の前でピッチングするのが必修なのだ。理学部にも関わらず。ビジネスの授業では、実際に起業経験のある人や、いけてるスタートアップの役員が毎週呼ばれ、話をする。起業経験のない人が講師をしているというようなことは決して起こらない。
 つまり、専門性をどうビジネスにし、世界や社会をよりよくできるのか、ということを考えさせる教育がまず必須である。逆にこれができれば、どこの地域でも優秀な人材は育っていくだろう。
 おれの卒業したタリン工科大学では、キャンパス内にスタートアップが入っていると思えば、その隣の部屋は大学の研究室になっていたりと、大学と企業の壁が全くなかった。学者と起業家、学生が関係なく混ざり合う。そういう混沌からしかイノベーションは生まれてこない。

 もう一つはエコシステムの構築である。
 エストニアではSkype創業者が新しいスタートアップを支援し、若いスタートアップがさらに若いスタートアップを支援するエコシステムが出来上がっている。敵対するのではなく、コミュニティとして世界をとっていこうとしているのである。それには、まず上の世代が新しいものを理解できる価値基準を持つことは当然必要であり、その中で経験や歴史からサポートしていく姿勢が求められる。目先のお金になるようなものではなく、今の時代に本当に必要なものに対する投資をしていってほしいと思う。

地方だからスタートアップが生まれる

 売り上げが立っておらず、お金のないスタートアップが高い家賃を払って東京に残るのは厳しい。当初のシリコンバレーやエストニアでは、そういったコストがなく、その中でスタートアップをすることで生き残るというのが生存手段として普及し発展した。

 固定費を抑えることができ、また、他に手段がないからスタートアップを始めるという環境は、東京よりも地方の方が適している。もっと言えば、その地方にしかないものがたくさんあるはずだ。香川県なら芸術が盛んだ。たとえば、アートとテクノロジーを学べる県は日本で香川県だけ、というような独自の基盤を作れば、そういった人は集まってくるし、人が集まれば新しいものが生まれやすい。

 東京でもできることを地方でやる必要はなく、東京ではできないことを地方が補っていくという相互の関係が健全である。

 地方、特に若い学生など、スタートアップをやってやることが今一番イケてることだ、というような意識を生みつつ、自ら問題解決していかないともう地元や日本が世界から置いていかれ、潰れていくという危機感、そしてそれをどうやって解決するかという問題解決能力、これらを植え付けていくことが必要なのではないだろうか。

 

 

 

ABOUT ME
齊藤 大将
Steins代表取締役兼開発者 エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。在学中に現地案内事業で起業。大学院では文学の数値解析の研究と小型人工衛星研究開発チームに所属。 フリーランスエンジニアやデータサイエンティストとして活動しながら、VR教育やVR美術館を創作。現在、株式会社Steinsを立ち上げ、AI・VRを使い、アーティスト活動をしている。 CNETコラムニストでエストニアとVRに関する二つの連載を持つ。 元テニスコーチ。
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